テプフェールは、その後の時代にどのような影響を与えたのか?
テプフェールの作品が本格的に世に広まり始めた1835年以降、最も早い時期の影響の痕跡としては、1839年以降のカム(Cham)やドレ(Gustave Doré)などの作品があげられる。以後も「単行本描き下ろしでストーリーを描く」という、明らかにテプフェールのスタイルを真似たような本が、ヨーロッパやアメリカなどで19世紀半ば頃に刊行されている。また、キャラクターを中心にすえた連載ものということであれば、1848年にナダール「レアク氏」が登場している。(このあたりの状況は、森田直子「「ストーリー漫画の父」テプフェール」にも解説がある)
問題は、それらを実際に読んでみようと思っても、作品そのものへのアクセスが難しいことだ。テプフェールの作品自体、まだ日本では気楽に手に取ることができる状況にはないが、「テプフェール以後」の時代の作品となると、さらにハードルが高くなる。欧米でも、これらの作品については復刻出版がほとんどなく、研究の大きな壁となってきたが、近年になっていくつか貴重なアンソロジーが出版された。それをここではいくつか紹介したい。
Cham: The Best Comic Strips and Graphic Novelettes 1839-1862
編著:David Kunzle
ISBN:9781496816184
University Press of Mississippi
テプフェールの「ジャボ氏」などの海賊版を1839年に出版したオーベールからは、似たスタイルの描き下ろし単行本作品が同年に刊行されている。最も早く登場したのはCham(カム/本名:Count Amédée de Noé)の描いた「ラジョニス氏」「ラメラス氏」などで、テプフェールの表現を踏まえた上で、独自の工夫もすでに加えられている。
その後もカムは、表現を変化させながら、多くの物語作品を描いている。それらを集めて1冊に収録した本が、2019年2月にアメリカで出版された。
1839年から1862年までの19作品と関連資料が収められており、大判で570ページ近くある重量級の本だ。編纂したのは、コミックストリップ史研究の第一人者のカンズルで、氏の手になる詳しい解説(英語)も収録されている。作品はフランス語だが、英語の対訳が添えられている。本の中には、俗説でカムの作品とさせられていたものも、あえて収録されている。歴史研究としては、むしろその方がわかりやすく、ありがたい。カムの主要物語作品を一挙に知ることができる貴重な本である。
Gustave Doré: Twelve Comic Strips
編著:David Kunzle
ISBN:9781628462166
University Press of Mississippi
カンズルはすでに2015年にドレの作品集も編纂し、同じ版元(University Press of Mississippi)から出版している。
画家として有名なドレは、若いころに数々のまんが作品も描き残している。最初は15歳の時に描いたといわれる「ヘラクレスの仕事 Les Travaux d’Hercule」で、1847年にオーベールから出版された。これはテプフェールのスタイルを強く意識した作品で、46ページの描き下ろし単行本として発売された。
このアンソロジーにはそれも含めて12の作品が収録されている。総ページ数は約200ページで、カムの作品集よりは小さく、ほぼA4判に近いサイズの本である。作品はフランス語で書かれており、英語の対訳がついている。
ドレ最大の作品は100ページを越える「聖ロシアの歴史 Histoire pittoresque, dramatique et caricaturale de la sainte Russie」だが、この本には収録されていない。すでに英訳本が刊行されているという理由のようだが、残念なことである。欧米では復刻本が何種類か売られているが、絵と文のレイアウトを再構成した本も混ざっており、中を見ないと判別できない。できたらこの本にきちんとオリジナルどおりに収録してほしかったところである。
Nadar Tome 2 Dessins et écrits
Arthur Hubschmid
これは1979年初版の本なので古書となってしまうが、ナダールの「レアク氏」などの作品を読むことができる。(1994年には再刊されているようである。ISBN:9782877142335)
「レアク氏」はこれ以前にも、「Vie publique et privée de Mossieu Réac」(ISBN:9782705800505, Horay 1977)が刊行されており、他にも収録された本は出ているかもしれない。
なお、掲載誌の「Revue Comique」はインターネット上に全号アップロードされているので、検索して参照すると初出時の様子のまま読むこともできる。
その他
復刻本は出ていない(あるいは入手しにくい)が、上記以外にも「テプフェール・スタイル」の本は19世紀半ばに各国で出版されている。(単に作風として影響を受けている、というだけでなく、「本」という形で長い作品を描いているもの)代表例を国ごとに紹介すると、
【ドイツ】ピープマイヤー議員の行動と見解 Thaten und Meinungen des Abgeordneten Piepmeyer, 1849(Johan Hermann Detmold / Adolf Schrodter)
【イギリス】パントマイム Pantomime, 1849(Alfred Crowquil)
【アメリカ】金鉱探しの旅 Journey to the Gold Diggins, 1849(Jeremiah Saddlebags / J.A.& D.F.Read)
【スウェーデン】チューティング家のボマースンド旅行 Familien Tutings lustresa till Bomarsund 1854,(Fritz Ludvig von Dardel)
【フランス】ツベルクルス氏物語 Histoire de Mr Tuberculus, 1856(Timoléon Marie Lobrichon)
などがある。ネット上で検索すると、内容を紹介しているサイトもある。