【コラム】渡来文化としてのマンガ

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  「マンガは日本発祥の文化である」。このような認識が、近年相当に広く浸透している。特に若者の間ではほとんど常識と化しているようで、大学生などに「マンガとはどのようなものか?」というアンケートをとると当たり前のように「海外でも人気が高い日本独自の文化」という答が多数返ってくる。「日本の漫画は鳥獣戯画に始まると教科書にも書いてあった」「マンガの基礎は手塚治虫が作った」などという答もよく見かける。クールジャパン政策が功を奏したというべきか、「マンガは日本発祥の独自の文化だ」という認識は、かなり定着しているようだ。
 マンガ(あるいは漫画、まんが、コミックなど)と呼ばれる文化が、もともと海外からの影響で明治期以降に本格的に始まったものであることは、マンガの歴史を研究している者にとってはほぼ常識であるし、そうでなくても戦後早くまでに生まれた世代であれば、それを(漠然とではあれ)感覚的に理解している人も一般的に多いだろう。しかし、そのような「常識」が多数派だった時代は、すでに過ぎ去っている。
 マンガはもともと海外から渡来した文化であり、輸入によって始まったものであることを、マンガの研究者はきちんと説き直すべき時期に来ていることを、特に近年感じざるを得ない。
 それはべつに、日本のマンガの価値を下げることにはつながらない。たとえば、日本に広がるさまざまな寺院や仏教文化などは、日本らしい固有の伝統や価値を持っているが、それらを「日本発祥の文化」と呼ぶことはできない。海外から渡来した文化が長い時間をかけて「ローカライズ」された結果、固有の価値を持つようになったのであり、そのルーツはインドにある。だから、根本的な部分を見るかぎりは、世界各地で同じものが伝統として受け継がれていることが発見できる。マンガも同様だ。現代の日本のマンガは、日本らしい特徴を持ち、海外でも多く読まれるようになっているが、べつに日本で始まったわけではない。だから、日本のマンガを歴史的にきちんと研究しようとするならば、国内だけ見ていても限界がある。グローバルな視点でマンガ(と呼ばれるようなもの)の歴史を見る中で、日本での局面を検討すべきだろう。
 このような観点での、マンガの歴史の洗い直し作業は、日本ではまだ本格的に進んではいない。世界的に見ても、まだ端緒についたばかりともいえるが、日本の場合特に足かせとなっているのは、戦前/戦後の壁だ。日本のマンガの歴史について書いた本、特に「ストーリーマンガ」と一般的に呼ばれるような分野を扱うものを見るかぎり、多くが戦後に絞った書き方をしている。特に、手塚治虫やトキワ荘周辺のマンガ家の伝記になじんできた世代以降にとっては、それらがマンガ史の中心であり、それを軸にして世界が回っているかのような「天動説」的思い込みが、どこか心に刻まれている傾向がある。そのため、戦前日本のマンガ状況を無視してもマンガ史を語ることができるかのような気分が、いまだにマンガ研究者の間からも抜けきってはいない。
 「戦前/戦後」に断絶を見るのではなく、継続を見て、歴史を語ること。その努力をしないかぎり、この「マンガは日本発祥の文化である」という思い込みの広がりは、止まらないだろう。これまでも、一部のマンガ研究者の仕事(中でも宮本大人氏や、その成果を踏まえた人たちの活動)により、日本における「漫画」の成立やその後の展開について、研究の足掛かりは作られてきているが、それを手がけている人の数は圧倒的に足りない。一方、近年目立ちはじめていたのは、海外の研究者の活動である。日本の戦前のマンガに関して、海外で発表される論文の数は増えており、それらを無視してはもはや研究が成り立たないといってもいいだろう。Origins_of_Manga
 今回「渡来文化としてのマンガ」というテーマでお送りするのは、マンガ史についてグローバルな観点から研究をしているアイケ・エクスナ氏の論考である。氏は、日本のマンガの「起源」についての研究を2017年に博士論文にまとめ、それをもとにした書籍『Comics and the Origins of Manga: A Revisionist History』を昨秋刊行した。ここに掲載するのは、その概要をエクスナ氏が新たに書き下ろしたものである。興味を持った方は、原書も入手してお読みいただきたい。今回はエクスナ氏が自ら日本語で執筆し、しかも内容を非常にコンパクトに、高密度にまとめており、研究のエッセンスを紹介している都合上、より詳しい議論についてはぜひ原書を参照いただければと思う。
 なお、『Comics and the Origins of Manga: A Revisionist History』はアメリカのコミックス研究界でもきわめて評価が高く、今年の7月にはアメリカでアイズナー賞(Eisner Award – Best Academic/Scholarly Work)を受賞した。読んでいただければわかるように、エクスナ氏の研究は日本のマンガ史の掘り起こし作業にとどまらず、そもそも「現代のマンガ(的なもの)の形式はいかに成立したか」という関心に基づいており、アメリカでのコミックスの成立について重要な歴史観を提示している。「Audiovisual Comics」(視聴覚マンガ)という概念によって歴史を検討することは、今後さまざまな議論を呼ぶことになると思うが、少なくとも日本のマンガ研究にとっても大きな一石を投じるものであるのは間違いない。

 なお、今回の「渡来文化としてのマンガ」というテーマに関する補助的な文章として、2012年に刊行された『まんが史の基礎問題 ホガース、テプフェールから手塚治虫』(佐々木果)の序章のテキストも公開する。まんが史の視野を「戦前」や「海外」にも広げることの意義を考えるきっかけにしていただけたらと思う。

(佐々木 果)